「肩の力、抜いてみてくださいね。」

そうお伝えすると、ほとんどの方が、ふっと肩を下げてくれます。

でも、少し経ってからもう一度見ると、また肩が上がっている。

そのことに、ご本人はまだ気づいていません。

肩がこる。腰が痛い。姿勢が気になる。

そんな悩みを抱えている方は、きっと多いと思います。

以前の私は、「なぜ痛くなるのか」を説明すれば、身体は変わっていくと思っていました。

姿勢のこと。呼吸のこと。使えていない筋肉のこと。

知れば、きっと身体も変わっていくはずだと、本気で思っていたのです。

けれど、レッスンを重ねるうちに、少しずつ違う景色が見えてきました。

説明を聞いて、深く納得してくださる方でも、身体は同じようにこわばっている。

頭では理解しているのに、身体は昨日までのままなのです。

実は、この「わかる」と「できる」の違いを、一番実感したのは私自身でした。



「もっとエロンゲーションしてみましょう。」

ピラティスでよく使われる「エロンゲーション」という言葉があります。

背骨をやさしく伸ばしながら、身体全体が上下に引き合うような感覚のことです。

初めて聞いたときの私は、正直、何を言われているのかよく分かりませんでした。

「身体を引き伸ばす感覚。」
「引っ張り合いっこするようなイメージ。」

いろいろな表現で教えていただきながら、一生懸命理解しようとしました。

でも、身体はなかなか分かってくれませんでした。

内転筋を使う。
中殿筋で支える。
インナーマッスルを感じる。

どの言葉も、知識としては理解できても、自分の身体では何が起きているのか分からない。
そんな時間が、思っていたよりずっと長く続きました。

でも、不思議と「分からないからやめよう」とは思いませんでした。

どうしたら分かるのか。
どうしたら身体で感じられるのか。
そればかり考えていました。

今思えば、私は頑張ることが得意だったのだと思います。
看護師として働いていた頃も、勉強も仕事も、「努力すれば前に進める」と信じてきました。

だから身体も同じだと思っていました。
知識を増やして、たくさん練習すれば、きっとできるようになる。
そう思っていたのです。

でも、身体は少し違いました。

頑張って固めれば、ぐらつかずに動けます。
筋力で支えることはできます。

けれど、それは私が探していた安定ではありませんでした。

立ち上がって歩く。
立つ、座る。
物を持ち、作業する。
そんな何気ない動きの中で、必要以上に力まず、それでいて安定していること。

その感覚が、どうしても分かりませんでした。

仲間と何度も探し、練習しました。

「これかな。」
「やっぱり違う。」

当時は、まるで迷路の中を歩いているような感覚でした。

誰かが答えをくれるわけではありません。
でも、少し先を照らしてくれる人がいて、自分の足で一歩ずつ確かめながら進んでいく。

今振り返ると、そんな時間だったように思います。

ある日、四つ這いで手足を動かすエクササイズをしていたときのことでした。

身体がぐらぐらしないようにするには、どうすればいいのだろう。
そう考えながら何度も動いているうちに、自分の身体の中で少しだけ変化が起きました。

下腹部から背中までが自然につながる感覚。
背骨の間の圧が抜け、胸が少し開く感覚。
みぞおちのあたりが伸び、それまで自分が必要以上に縮め、固めていたことに気づく感覚。

「ああ、エロンゲーションって、このことだったのかも。」
初めてそう思えた瞬間でした。

できるようになったというより、身体が教えてくれたという表現の方が近いかもしれません。

そのとき、心から思いました。

「わかる」と「できる」は、まったく別のところにある。

どれだけ分かりやすく説明してもらっても、その感覚は誰かから渡してもらえるものではありません。

自分で探して、迷って、繰り返して、ある日ようやく出会えるものだったのです。

そして、その感覚を知ったからといって、すべてができるようになったわけでもありません。

今でも私は、感覚を探しながら、
私自身のニュートラルも、探し続けています。

昨日できたことが、今日は分からなくなる日もあります。

それでも、不思議と焦りはありません。

身体は、ある日突然変わるのではなく、小さな気づきを積み重ねながら変わっていく。

そのことを、自分の身体から教えてもらったからです。

だから焦らなくてもいい。
分からない日があってもいい。
今はそう思っています。



この経験をしてから、私のレッスンは少し変わりました。

以前は、身体の仕組みをたくさん説明していました。

今は、なるべく力みのない身体の使い方はどこにあるのか。

今、その方は何を感じているのか。

そして、その方の今の段階では、何をお伝えし、何を伝えないのか。

そんなことを大切にしながらレッスンをしています。

なぜなら、身体は、人から教わるだけでは変わらないからです。

自分で感じ、自分で気づいたことは、身体が忘れません。

例えば、とてもシンプルな動きを繰り返すだけのレッスンでも、最初は戸惑われる方がたくさんいらっしゃいます。

「これで合っているのかな。」
そんな言葉や表情を、何度も見てきました。

でも、それでいいのだと思っています。

言葉で理解するのではなく、身体そのものが「あ、これなら楽だ」と気づいていく。

その瞬間は、驚くほど静かに訪れます。

「気づいたら肩が軽くなっていました。」
「なんとなく、脚の力の入れ方が変わった気がします。」
大げさな変化ではありません。
ご本人も、最初は言葉にするのを迷うくらいの、小さな感覚。

でも私は、その小ささにこそ意味があると思っています。

大きく変わったように見える瞬間の裏には、いつも、そんな小さな気づきが積み重なっているからです。

朝、起き上がるときの肩が少し軽い。
階段を降りるとき、膝への負担が少し減っている。
一日の終わりに、腰の重さがいつもより軽い。

そういう小さな違いに、自分で気づけるようになること。

それこそが、外側から説明されるよりも、ずっと確かな変化なのだと感じています。

身体は、人によって違います。
歩んできた時間も、癖も、感じ方も違う。

だから同じ言葉でも、同じ動きでも、身体の受け取り方は一人ひとり違います。

その方の身体が今、何を感じているのか。
どうすれば、日常生活でもっと楽に身体を使えるのか。

それを一緒に探していく。

私にできるのは、そのお手伝いです。

痛みやこりがあると、つい「悪いところ」や「直すべき欠点」のように思ってしまいます。
でも、その身体は今日までずっと、あなたを支えてきた身体です。

身体は、説明だけでは変わりません。
でも、耳を傾けると、ちゃんと教えてくれます。

「この動きは楽だよ。」
「今日は少し歩きやすいよ。」
そんな小さな声に気づけるようになること。

私は、それが身体と付き合っていくということなのだと思っています。